観音の役割を説く経典『観音経』(『法華経』普門品(ふもんぼん))には、願いを唱えれば聞き入れてくれる現世(げんせ)利益(りやく)と、衆生(しゅじょう)苦悩(くのう)に応じて、三十三の姿に身を変える(三十三観音)と()かれています。三十三所観音霊場、三十三間堂などに見られる「三十三」という数字はこれに由来しています。

変化観音(十一面観音など)と区別して(しょう)(せい)観音(かんのん)の名があり、単に観音という場合は(しょう)観音(かんのん)をさします。宝冠(ほうかん)化仏(けぶつ)を付け、手には水瓶(すいびょう)や蓮華を持つのが一般的です。

三十三観音の名称は、天明(てんめい)三年(一七八三)に刊行された『仏像(ぶつぞう)図彙(ずい)』という書物に所載(しょさい)されたものです。

三十三所霊場に祭られている観音は変身変化の仏ですが、その形を七つの観音像にまとめたものです。(しょう)観音(かんのん)千手(せんじゅ)千眼(せんがん)観音(かんのん)十一面(じゅういちめん)観音(かんのん)准胝(じゅんてい)観音(かんのん)如意(にょい)(りん)観音(かんのん)不空羂索(ふくうけんじゃく)観音(かんのん)馬頭(ばとう)観音(かんのん)の七観音です。

歴史資料に三十三所巡礼が表れるのは、(かん)()四年(一〇九〇)近江の園城寺(三井寺)の僧、行尊による『観音霊場三十三所巡礼記』が最初です。江戸時代には庶民に観音巡礼が広まり、江戸時代初期には、「巡礼講(じゅんれいこう)」が各地で組まれ団体の巡礼が盛んに行われていた。地域などから依頼を受けて三十三箇所を三十三回巡礼することで満願となる「三十三度行者(ぎょうじゃ)」と呼ばれる職業的な巡礼者もいた。これら巡礼講や三十三度行者の満願を供養した石碑(せきひ)「満願供養塔」は全国各地に残っています。

ここでちょっと雑学ですが。カメラメーカーであるのロゴですが、その昔、千手観音をモチーフにした彫刻の下にKWANON(観音)と書かれていたそうです。「観音様の御慈悲にあやかって、世界一のカメラを創る夢を現実にしたいとの願いを込めたもの」だったそうです。

 

 

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