お仏壇の起源

常日頃仏壇に手を合せているのはなぜか。仏壇を購入する時ついこだわってしまうのはなぜか。仏壇とはそもそも何なのか。生活の中で当たり前にもうそこにあった仏壇ですが、意外と知らないことが多いものです。ここでは仏壇のルーツをご紹介しましょう。

()仏堂説(ぶつどうせつ)

西暦685年、白鳳時代天武天皇が「諸国(くにぐに)に、家毎に、仏舍(ほとけのおおとの)をつくりて、すなわち仏像(ほとけのみかた)及び経を置て礼拝(らいはい)供養(くよう)せよ。」という(みことのり)があり、奈良法隆寺の玉虫の厨子(ずし)が現存する日本最古の仏壇の原型ともいわれています。これは寺院建築を模した造りとされ、いわば寺院を縮小した物と考えられます。

鎌倉時代になると一部の貴族や武士の上流階級たちに発展的に取り入れられ、持仏堂を持つ者が出てきました。例えば、藤原頼道の平等院鳳凰堂や足利義満の鹿苑寺(ろくおんじ)(通称 金閣寺)が挙げられます。

(たま)棚説(だなせつ)

日本古来よりあった先祖崇拝信仰の流れの中で、お盆の度に様々な精霊を迎える習慣がありました。つまり盆棚です。これが常設化されたものが現在の仏壇になったという考えです。これを説として提唱したのは民俗学者の柳田國男(※)でした。

※柳田國男…著書「遠野物語」などで知られる。民俗学者。

お仏壇の普及

江戸時代、幕府の宗教政策である寺請(てらうけ)制度により住民に各寺院を菩提寺(ぼだいじ)と定め、その檀家となることが義務付けられました。その証しとして各戸に仏壇を設け、礼拝し先祖の命日には僧侶を招き供養するという習慣がつくられました。また、庶民の生活が安定し豊かになってきたことも重なり全国的に普及しました。寺請制度は宗教政策というより住民の戸籍管理制度やキリシタン抑制制度としての役割の方が強いといえます。

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