お彼岸というと季節の言葉の様な気がしますが、仏教の言葉なのです。私たちが住む迷いの多い現実世界を『此岸』といい煩悩を脱した悟りの境地のことを『彼岸』と言います。
『此岸』から『彼岸』に渡る努力をする修養期間を春と秋に設け、それを『彼岸会』と言います。平安時代に始まった日本独特の仏教行事です。
春分・秋分の日は昼と夜の長さが等分、太陽が真東から出て真西に沈む。これを仏教の基本教理である中道に見立て春分・秋分の日の中日の前三日後三日を菩薩の修業である菩薩道を表す『六波羅蜜』に割り振っています。
『六波羅蜜』とは、菩薩が修めなくてはならない六つの実践徳目のことで「六度」とも呼ばれています。「布施…分け与えること」「持戒…戒律を守ること」「忍辱…耐え忍ぶこと」「精進…努力すること」「禅定…心を安定させること」「智慧…本源的な智慧を発現させること」の六つです。
よくお寺で『檀家さん』という言葉を耳にしますがこれは「布施」の別名「檀那」のことを指しています。経済的な援助(布施)をする人を「檀那(様)」と言います。この「檀那」の人達の家族を『檀家』と呼んでいるのです。
『此岸』と『彼岸』の間には三途の川が流れています。三途の川といのは水が流れている川ではなく、「貧」(むさぼり)「瞋」(いかり)「痴」(おろかさ)の三毒が流れている川という解釈があります。この三毒を消滅させ悟りの『彼岸』に達するには『六波羅蜜』を修業する以外ないのです。
一般的に三途の渡し賃として六文銭を亡くなった人に持たせますが、この六文銭は『六波羅蜜』に見立てているのです。
余談ですが、彼岸花(曼珠沙華)の名は、秋の彼岸頃から開花する事に由来しています。別の説にはこれを食べたら「彼岸(死)」しかないというのもあります。それは、アルカロイドを多く含む有毒植物だからです。
今回はお彼岸のお話です。お彼岸には春彼岸と秋彼岸があり、「暑さ寒さも彼岸まで」という有名な言い伝えがあるように、春彼岸を迎えると寒さが何となく和らぎ、秋彼岸を迎えると残暑も心持ちしのぎやすさを感じさせます。
お彼岸の中日(ちゅうにち)は「春分の日」「秋分の日」にあたり、家族揃ってお墓参りをする人たちでにぎわいます。お参りする時期は彼岸中であればいつ行ってもかまいせん。
用意するものは生花、線香、ロウソク、供物、数珠、マッチ、ゴミ袋、手桶など。最近は洋風の花を供える方が増えてきましたが、バラや紅花といったトゲのある花は避けましょう。お線香もいつもと違った香りのものなどに変えてもいいかもしれませんね。
お参りがすめば、お供えの食べ物はその場でいただくか、必ず持ち帰りましょう。お線香は燃やし切ることを忘れずに。寺院で借りた用具はきちんと戻し、ひとこと挨拶して帰ることを心がけましょう。
ふだん忙しくて行けないお墓参りですが、お彼岸の七日間は家族そろってお参りをし、故人を偲びたいものですね。
(長門屋店主 笹林 修)
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるようにお彼岸はちょうど季節の変わり目です。この時期は、作物を育てる太陽と自分たちを守るご先祖神への信仰という土着の信仰が仏教伝来以前からあり、春分には豊穣を祈り、秋分には収穫に感謝して供え物をしたことが原型と考えられます。
仏教が伝来すると、春分・秋分がそれぞれ彼岸の中日にあたることもあり、仏教の習俗と古来の風習が混交して他国には見られない日本独特の仏教行事となりました。
阿弥陀仏の極楽浄土は「西」にあるとされ「西方浄土」と呼ぶことがありそのため、真西に太陽が沈む春分の日、秋分の日は夕日が極楽浄土への道標となると考えられたのです。この沈む太陽が示す極楽浄土への道を「白道」といい、仏の示してくれたこの白道を信じて進めば必ず極楽浄土に至るという信仰が生まれました。浄土思想が盛んになるのと同時に広がってゆき、現在に至っています。
「彼岸」とだけ言った場合これは、「春の彼岸」を指します。秋の彼岸は「秋彼岸」または「後の彼岸」と言うのが本当です。
春分・秋分は祝日です。『国民の祝日に関する法律』によると、「春分の日」は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」、「秋分の日」は「先祖をうやまい、亡くなった人をしのぶ」と書かれています。特に秋分の日の趣旨は、まさに現在の彼岸そのものです。
今日ある自分を育ててくれた先祖に感謝し、自らも彼岸に到達できるように精進することが進められている日です。









